
「人柱」という言葉を聞いたことがありますか?
歴史的な城や橋にまつわる怖い伝説として語られることが多いこの言葉ですが、現代ではまったく異なる意味でも使われています。

この記事では、人柱の本来の意味から歴史的背景、全国各地に残る伝説、そして現代での使われ方まで、詳しく解説していきます。
日本で「人柱」とは何ですか?

人柱の基本的な定義
人柱(ひとばしら)とは、人身御供(ひとみごくう)の一種で、大規模な建造物(橋、堤防、城、港湾施設など)の工事が無事に完成すること、または災害や敵襲によって破壊されないことを神に祈願する目的で行われた風習です。
具体的には、生きた人間を建造物やその近傍の土中に埋めたり、水中に沈めたりするという、現代の倫理観では到底許されない儀式でした。日本書紀にも、4世紀に行われた茨田の堤(まむたのつつみ)工事の際に人柱を立てたと記されており、古代から存在していた風習であることが分かります。
「柱」という言葉の意味
「人柱」の「柱」は、建物の構造材としての柱を意味するだけではありません。実は神道において神を数える際の助数詞なのです。神様は「一柱(ひとはしら)、二柱(ふたはしら)」と数えられます。
つまり、人柱とは単に人を物理的な支柱として利用するのではなく、死者の霊魂が神となり、建造物に宿ると信じられていたのです。この考え方の背景には、アニミズム的な信仰があり、万物に魂が宿るという霊的存在への信仰が根底にありました。
人柱になるとはどういう意味ですか?
呪術的・霊的な意味
人柱になるということは、自らの命を捧げることで建造物に神の加護をもたらすという意味を持っていました。人柱を立てることで、以下のような効果が期待されていたとされます:
- 工事の無事完遂:難航する工事を成功に導く
- 建造物の堅牢化:自然災害や敵襲から守る
- 水神への供物:治水工事における洪水などの自然災害の防止
- 神の怒りの鎮静:荒ぶる自然を神の怒りと考え、それを鎮める
南方熊楠の著書『南方閑話』では、世界各地の人柱事例が紹介されており、その呪術的意図は時代や地域によって変化していったことが分かります。
名誉と犠牲の二面性
興味深いことに、人柱に立つことは名誉なことだとされていた時代もありました。巫女・神職・僧侶などが志願して人柱に立つことも少なくなかったと言われています。人間が亡くなれば、その魂が神に近しくなるという考え方が、大きな意味を持っていたのです。
しかし一方で、無理に人柱にされた人には神に通じるといった名誉などは一切なく、恨み呪いながら死んでいったという側面もあります。近世以降は信仰心も変化し、人柱の意味が信仰を基本とした呪術的なものから、打算的で犯罪色の濃いものへと変化していきました。
人柱なんのため?具体的な目的
主な実施目的
研究によると、人柱は主に以下のような工事で行われたとされています:
- 堤防建設(最多事例:約130事例)
- 川の堤防:43事例
- 井堰の堤防:37事例
- 池・沼の堤防:33事例
- 海の堤防・防波堤:4事例
- 橋の建設(26事例)
- 築城工事(13事例)
- 新田開発と干拓(20事例)
特に水に関わる工事での実施が圧倒的に多く、水を人間の管理下に置くための難しい土木工事に際して、人柱を捧げるという観念が強かったことが分かります。
時代による変化
人柱の概念は時代とともに変化しました:
- 古代~中世:霊的信仰に基づく神聖な儀式
- 戦国時代:一般的な概念として広く認知(『日葡辞書』にも記述)
- 江戸時代:寛文・延宝頃をピークに減少
- 近代:土木技術の発展により、呪術的なものに頼る発想が薄れる
全国各地に残る人柱伝説
松江城の人柱伝説
松江城(島根県)には、最も有名な人柱伝説の一つが残っています。築城時、天守台の石垣工事がうまく進まないため、盆踊りが催され、そこで一番美しく踊っていた少女が連れ去られ、人柱として生き埋めにされたという伝承です。
その後、城主堀尾氏が父子ともに早逝し改易となり、松平氏が入城後は天守で少女のすすり泣きする声が聞こえてきたとか。また、虚無僧が人柱になったという異説もあり、夜になると尺八の音が聞こえたとも言われています。
彦根城の人柱伝説
彦根城(滋賀県)の伝説は、人道的な要素が加わった興味深い話です。天守の移築時にトラブルが続き、作業員から人柱の提案がありました。普請奉行の娘が志願しましたが、城主の井伊直継は人柱について懐疑的で、娘を人柱にしたふりをして逃がしたのです。
それでも「人柱を立てた」という安心感から、無事に天守の移築が完成しました。元々は魂を信じる精神的な世界の話であり、人柱を立てたという気持ちが安心感を与えたという心理的効果が表れた例といえます。
常紋トンネル – 実証された人柱
北海道の常紋トンネルは、人柱伝説が実際に証明された稀有な例です。明治45年(1912年)着工、大正3年(1914年)完成のこのトンネルでは、過酷な労働を強いられていた人たちが人柱として埋められているという噂が流れていました。
昭和45年(1970年)の十勝沖地震後の改修工事で、なんと立ったまま埋められた人骨が発見され、トンネルの出入り口付近からも大量の人骨が見つかったのです。劣悪な労働条件下で亡くなった人に加え、見せしめとして撲殺された人が100人以上もいたとされています。
これは神聖な儀式としての人柱ではなく、犯罪を隠蔽するための人柱だったのです。
その他の有名な人柱伝説
- 郡上八幡城(岐阜県):「およし」という美女が人柱に。現在も「郡上おどり」で縁日おどりが行われる
- 丸岡城(福井県):片目のお静が子の仕官と引き換えに人柱に。約束が反故となり、霊が春雨で堀をあふれさせた
- 白河小峰城(福島県):作事奉行の娘「おとめ」の伝説。供養の「おとめ桜」が有名
- 大洲城(愛媛県):「おひじ」が人柱となり、城下の川が「肘川」と名付けられた
人柱は実際にあったのか?
研究者の見解
現代の研究では、特に城郭建築の人柱においては否定的な見解が多数です。井上宗和氏は「城郭建築時の人柱伝説が立証されたケースは全くない」と述べており、興味本位の出版物を除くと、城郭の人柱については全否定されています。
全国で多くの城郭が発掘されていますが、人柱だと断定できるものはほとんどありません。唯一の例外が、日出城(大分県)で発見された老武士らしき遺体です。
実際に行われていたこと
では実態はどうだったのでしょうか?多くの城では、人の代わりに何かを埋める儀式が行われていたと考えられています:
- 吉田郡山城(広島県):毛利元就が人柱を止めさせ、「百万一心」と刻んだ石を埋めた
- 彦根城(滋賀県):空き箱を埋めて関係者をごまかした
- 鳥取城(鳥取県):侍女の手水鉢を人柱の代わりにした
- 清洲城(愛知県):足を切り落とされた犬の骨が出土
これらの事例から、生身の人に代わるものが立てられた例が多かったのではないかと推測されています。
「人柱」の言い換えは?類似表現
歴史的・伝統的な言い換え
- 人身御供(ひとみごくう):人柱と同義で使われることも
- 生贄(いけにえ):神への供物として人を捧げること
- 犠牲(ぎせい):より一般的な表現
人柱と生贄の違い
神学者の高木敏雄は、人柱と人身御供とは根本的に異なると主張しています:
- 人柱:建造物に魂を宿らせ、工事の成功や建造物の堅牢化を図る
- 人身御供(生贄):神への供物として人を捧げ、神の怒りを鎮める
つまり、人柱は対象(建造物)への作用を目的とし、生贄は神への献上を目的としているという違いがあります。
現代における「人柱」の意味

ネットスラング・IT用語としての人柱
現代では全く違う意味で「人柱」が使われています。ネットスラング/パソコン用語としての人柱は、『リスクがあるにもかかわらず、商品やサービスの発表後間もない時期に、みんなよりも先んじて試してみる人や、その行為』を指します。
具体的な使用例:
- 新発売のスマートフォンをすぐに購入する
- ベータ版のソフトウェアを試用する
- 新しいサービスに最初に登録する
- CPUのオーバークロック(クロックアップ)を試す
現代の人柱の特徴
現代の「人柱」は、命を落とす心配はありませんが、リスクやデメリットを一身に引き受ける勇気ある行為であることは変わりません。むしろ、その情報や体験談が後続のユーザーに役立つという点で、ある種の「犠牲」を払っているとも言えます。
IT業界やゲーマーコミュニティでは、自ら「人柱になります」と宣言して新製品を試し、レビューを共有することが一種の文化となっています。
人柱伝説が残る理由
心理的・社会的背景
人柱伝説が日本各地に数多く残る理由として、以下のような要素が考えられます:
- アニミズム信仰:万物に魂が宿るという霊的信仰
- 大工事への畏怖:自然を改変する大規模工事への恐れ
- 事故死の説明:工事中の犠牲者への慰霊と鎮魂
- 伝説の定型化:「袴の横継ぎ」「盆踊りの最中にさらわれる」など、類型的な物語パターン
柳田國男は、水の神の祭祀に参与していた巫女が、犠牲になった祖先がいた事を語り歩いたことも、治水に関する人柱伝説の流布に影響した可能性を指摘しています。
伝説の価値
史実として確認できる事例はほとんどありませんが、これらの伝説は築城や土木工事がいかに困難で、多くの犠牲を伴うものだったかを物語っています。伝説の真偽にかかわらず、築城にたずさわった多くの人々への敬意を忘れてはなりません。
まとめ

「人柱」は、日本の歴史と文化を理解する上で重要なキーワードです。
古代から存在した呪術的な風習として始まり、時代とともにその意味や実態を変化させ、現代では全く異なる文脈で使われるようになりました。
重要なポイント
- 本来の意味:大規模建造物の工事成功を祈願して、生きた人を土中に埋めたり水中に沈めたりする風習
- 「柱」の意味:神を数える助数詞で、死者の霊魂が神となることを意味する
- 目的:工事の成功、建造物の堅牢化、自然災害の防止など
- 実態:実際の人柱はほとんど確認されず、代替物を埋める儀式が行われていた可能性が高い
- 現代の意味:新製品やサービスをリスクを承知で率先して試す人
全国各地に残る人柱伝説を訪ねることで、日本の土木技術の歴史や、当時の人々の信仰心、そして現代に至るまでの価値観の変化を感じ取ることができるでしょう。




